デス・オーバチュア
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赤、青、黄、緑、紫、白、黒。 それはこの中央大陸に満ちる七種類の『力』の色であると共に、この大陸を分割統治する七国をそれぞれ象徴する色でもあった。 中央大陸には七国以外に国は存在しない、存在することを許されない。 少なくとも表向きはそれは絶対の真実であり事実だった。 だが、物事には、世界には必ず例外が存在する。 七色に含まれるていない色の名を持つ国が僅かだが存在するのだ。 一つは獣王国セピア(茶)。 神聖王国ホワイトが国を作る際に、不浄なモノ、人間ではないモノとして、住処から追いやった獣人達だけの集落。 二つ目はファントム(亡霊)。 正式名称ファントム・ローズ・ソサエティ(亡霊の薔薇結社)、PRSと略すこともあるが、大抵の者は畏怖を込めてただ『ファントム』とだけ呼ぶ。 人間の『規格』を超えた『力』を持つ者、外見が明らかに人間と異なる者、その力や姿のせいで、人間の国から追われた、人間の社会からはみ出した者達が作った領地を持たぬ国。 ファントム(亡霊、おばけ、幻影、幻)の名が示すように、彼らの国……本拠地がどこにあるか知る者は誰もいない、もしかしたらそもそも本拠地など存在していないのかもしれない。 けれど、彼らは間違いなく存在したし、ある意味では領地も持っていると言っても良かった。 一切の生命の存在しなくなった廃墟、それこそが彼らの領地。 彼らは時折、小さな集落や街に現れては、略奪するわけでも制圧するわけでもなく、ただそこに存在する全ての生命を虐殺し、人間の存在しない白紙の大地へと戻すのだ。 その行為に何の意味があるのかは、それを行うファントムにしか解らない。 だた、ファントムという組織の存在が、七国全ての共通の驚異であることだけは間違いなかった。 特に、ファントム十大天使と呼ばれる、十人のファントム最高幹部は、たった一人で一国と同等以上の戦闘能力を持つと噂され、恐れられている。 馬鹿馬鹿しいと、その噂を一笑にふすことはできない、国こそ滅ぼされていないが、彼らの手によっていくつもの街が滅ぼされていことだけは事実だからだ。 赤い翼の天使が街を紅蓮の炎で焼き尽くした。 紫の髪と瞳の少女が、剣の一降りで数十人の人間を一度に斬り殺した。 漆黒の吸血鬼が街の全ての人間の心臓を素手でえぐり出した。 血のように赤い鎧を着た大男が、一人で百人の騎士を皆殺しにした。 ……などといったどこまでが本当か解らない噂が流れまくっている。 真の実体は幻のままに、ファントムは七国に生きる人間にとっての最大の驚異となっていた。 そして、最後に。 クリア。 無色透明の色の名を持つ、存在しないはずの八番目の国。 中央大陸のどこにでも存在し、それゆにどこにも存在しない国。 中央大陸の監視者を自称する者達の住まう国。 タナトスとクロスティーナの生まれた国でもあった。 「姉様、姉様〜♪」 ソファーに座ったタナトスに、クロスは猫のようにじゃれついていた。 タナトスもそれが嫌なわけではないらしく、クロスの頭や髪を時々優しく撫でてあげていりする。 「……で、結局、お前は何しに来たんだ、クロス?」 向かいのソファーから死ぬほど不機嫌そうな声でルーファスが尋ねた。 タナトスと二人で居た時は常に楽しげ、あるいは意地悪げな笑みを浮かべていた彼が、今は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。 「まるで、玩具を取り上げられた子供だな」 ルーファスの背後にたっていたリーヴが、ルーファスにだけ聞こえるように呟いた。 「うるさい、お前には関係ないよ、リーヴ」 「そう、関係ない、関係を持ちたくもない……言ったはずだ、私を巻き込むなと」 無表情で、声にも僅かな乱れもないが、ルーファスにはリーヴが不機嫌なことが解る。 リーヴとタナトスは一見同じような無表情なタイプに見えるが、実際は限りなく違っていた。 タナトスは、感情表現の不器用さゆえの無表情だが、リーヴの場合は達観した冷静ゆえの無表情といった感じである。 ちなみに、クロスの場合は表情どころか、体全体で感情を過剰なまでに表現していた。 タナトスと再会できたことが、一緒に居られることが、嬉しくて嬉しくて、幸せで幸せで仕方ないといった感じである。 「別にお前を巻き込むつもりはないよ。ただ、ここの方が宿屋や酒場なんかより、他人に聞かれたくない話をするのに適しているからな……というわけで、一晩泊めてもらうぞ」 「確かに、いかなる力でも、ここは『覗く』ことも『盗聴』することもできない、私がそういう風にこの家を作ったからな……だが、ここを利用しなくても、お前が結界を作れば同じことだと思うが……」 「駄目駄目、俺の結界はそういう繊細というかせこいタイプのじゃないんだ。どんな攻撃的な力も三倍の力で相手に跳ね返す結界とかなら簡単に作れるんだけどね」 「相変わらず、過剰に攻撃的というか、大雑把な術しか使えないのだな……」 リーヴは呆れたようにため息を吐いた。 「大が小をかねてくれなくてね……力が大きすぎるってのも考えものだよ」 「……まあ、泊まるぐらいなら好きにすればいい、元々私も誘ったことだしな……」 そう告げると、リーヴは踵を返し、奥の部屋へと消える。 「……ルーファス」 「んっ?」 タナトスが、クロスをあやしながら、ルーファスをジッと見つめていた。 「何、タナトス?」 「……その……だな、どういう知り合いなんだ……ここの女主人と……?」 「ああ……ひょっとして嫉妬してくれてるのかな? だったら嬉しいな」 ルーファスは先程までの苦虫を噛み潰した表情からは想像もできない程の楽しげな笑顔でクスクスと笑う。 「ば、馬鹿者っ! 私はただ、どういう人物か解らない者の所では……安心できないから尋ねた……だけだ……」 「それは残念」 ルーファスはわざとらしく、がっかりとした表情をして見せた。 「…………」 「大方、昔の女か何かよ。ほら、姉様の側にはあたしが居るから、あんたはさっさと今の女の部屋にでも行きなさい」 クロスはタナトスに抱きついたまま、犬でも追い払うようにしっしっと手を振る。 「お前な……だから、お前何しにきたんだよ?」 「何よ、感動の姉妹の再会の邪魔をする気? まったくホントに野暮な男よね〜」 「お前は人の話聞いてるのか?」 「も〜、うるさいわね。解ったわよ、用件済ませるわよ。伝言よ、伝言、エランからのね」 「……つまり、女王からの命か」 「そう、流石は姉様、話が早い!」 「お前が無駄にまわりくどくしているだけだろうが……マリエンヌからエラン、エランからお前……なんか、お前の段階で伝言が曲解されてそうで俺は怖いんだが……」 「それでね、姉様」 クロスはルーファスは無視して、タナトスに伝言を伝えた。 「……で、はい、これ追加の経費ね。必要な物は全てこの金額内でどうにかしろだって」 そう言って、クロスは金貨の入った革袋をタナトスに差し出す。 「普通、経費ってのは後で必要だった分だけくれるもんじゃないのか?」 「ええ? でも、余ったお金は返さなくていいって言ってたわよ、太っ腹じゃない」 「大量にあるならな……いつも結果的にジャストか、下手すれば足りなかったりするんだよな……」 「……お前が無駄遣いするからいつも足りなくなるのだ……」 「いや、エランの奴がケチだからだよ、タナトス」 「まあとにかく、仕事の話はこれでおしまい〜と。だから、あなたはもうどっか行っていいわよ」 クロスは再び、犬を追い払うような仕草をした。 「……たく、俺にそんな態度をとって許されるのも、そんな態度を取るのもお前ぐらいだぞ、クロス。タナトスの妹じゃなかったら、百万回はぶっ殺してるぞ」 「あたしを殺したら、姉様は一生あなたを許さないわよ。それでも良ければどうぞ」 クロスは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。 「ちっ……」 「あ、でも、断っておくけどね。実力で戦っても、あたしはあなたに負けるつもりないからね。姉様の威を借りているとか思わないでよ!」 「……はいはい、解っているよ。じゃあ、今夜のところはお前にタナトスを譲るとするよ」 ルーファスはなぜか苦笑を浮かべると、外に出ていった。 「……やけに、あっさり引き下がったわね」 クロスは不審そうな表情を浮かべる。 「……ルーファスはあれで結構、お前のことを気に入ってるからな」 タナトスは複雑な表情で呟くように言った。 「えっ? 何言ってるの、姉様? ルーファスのあたしに対する態度見たでしょ? あたしのこと明らかに邪魔者扱いしてさ、嫌そうな態度を隠そうともしない、ホント酷い奴」 「……そうだな」 タナトスは苦笑を浮かべながら同意する。 だが、ルーファスがクロスを気に入ってるのは間違いないとタナトスは思っていた。 なぜなら、ルーファスに『あんな態度』をとって生きてる人間は、この世でクロスただ一人だけだからである。 いくら自分の妹だからといって、本気で気に入らないと思ったのなら、彼の性格上とっくの昔に殺しているに違いなかった。 ルーファスという存在は、気に入らない者を、邪魔な者を殺すのを一欠片も迷わない、躊躇しない。 彼にとっては、興味のない人間の命など塵屑に等しいのだ。 そのことをタナトスは誰よりもよく知っている。 それを知っているからこそ、彼が自分にどれだけ好意を示そうと、優しくしてくれても、信じることが、受け入れることができずにいた。 もっとも、問題はルーファスの性格や性質だけではなく、元々、ルーファスは……。 「姉様! 姉様〜っ!」 クロスの、自分を呼ぶ声で、タナトスは思索の世界から現実に戻った。 「……どうした、クロス?」 「今、ルーファスのこと考えてボーッとしてたでしょっ! あたしの話なんて上の空で……」 青玉の瞳が恨めしげにタナトスを見つめる。 「……いや、そんなことは……」 「う〜、嘘をついても、姉様のことはなんでもあたしには解るんだからね」 「……解った解った、私が悪かった」 「も〜、今は久しぶりに再会したたった一人の可愛い妹のあたしのことだけ考えてよね」 「別れて一週間も経ってなかったり、私達は三姉妹だった気がするのは……私の気のせいか?」 「もう、姉様、細かいこと気にしちゃメッよ」 「……メッて……」 「あはははははっ」 どう対応すればいいのか解らず言葉に詰まっているタナトスをよそに、クロスはどこまでも楽しげだった。 ルーファスは夜のホワイトの街を歩いていた。 どんどん人気のない寂しい場所へと進んでいく。 もっとも、夜のホワイトは人気のある所など元々殆どないのだが。 「……さて、そろそろ出てきたらどうだ?」 ルーファスの声に答えるように、闇の中からDが姿を現した。 「お気づきでしたか?」 「馬鹿にしてるのか? 気づかないわけないだろう。門の所で別れてからずっと、俺達を見張っていたな、どういうつもりだ?」 「どうと言われましても……わたしくはただ、愛しい貴方様をずっと見つめていたかっただけですわ」 「邪魔だ、失せろ」 ルーファスは冷たく冷え切った眼差しと声で容赦なく告げる。 「フフフッ、そう言われると思っていましたわ。その冷徹さ、他者の気持ちなど欠片も気にもとめない傍若無人さ……それでこそ、わたくしの……」 「聞こえなかったのか? 俺は失せろと言ったはずだ」 「…………嫌ですわ」 「何?」 「今のわたくしは貴方様の命令に従う必要はないはず……違いますか?」 ルーファスは見下すような瞳でDを見つめていたが、不意に口元を歪ませて苦笑を浮かべた。 「そうだったな。悪い、忘れてたよ、確かに今のお前は俺の命令に従う必要はない」 「…………」 「だから、他の塵共と同じように力ずくで従わせることにする」 言い切ると同時に、ルーファスが左手をDに向けてかざす。 「…………っ!」 「消えろ!」 Dが空高く跳び上がるのと同時に、ルーファスの左掌から莫大な『光』が放たれた。 黄金の光が二、三件の家を呑み込み、一瞬にして最初から存在していなかったかのように跡形もなく『消滅』させる。 「思い切り『手加減』されましたね」 別の家の屋根に降り立ったDが可笑しそうに笑らいながら言った。 「ふん……」 「よろしいのですか、ルーファス様? わたくしと貴方様が戦えば、こんな街一瞬で跡形もなく消し飛びますわよ。七国の一つを消すことは大陸のバランスを崩す……それゆえに、禁止されているはずですよ、貴方様の今身を寄せているクリアでは……」 Dの視界から唐突にルーファスの姿が消える。 「だから、ちゃんと手加減してやってるだろう」 「っ!」 ルーファスの姿はいつの間にかDの背後に移動していた。 「光条剣(こうじょうけん)!」 ルーファスは左手で握っていた無数の光の束を鞭のようにDに叩きつける。 Dは光の束を左手を突き出して受け止めた。 光はDの黒く輝く左手の手袋に吸い込まれるように消えていく。 「……解りました、今回は素直に引くことに致しますわ」 「最初からそう言えばいいんだよ」 「わたくしも今は下手に派手なことはできない身ですから……」 「ふん、自ら枷を作ったのか?」 「ルーファス様程ではありませんわ」 Dは空高く跳び上がった。 Dの体は空中で停止する。 「……では、今日の所はこれで。次にお会いする時は全力で戦える場であることを願いつつ……ごきげんよう」 Dは夜空の闇に溶け込むように消えていった。 「ふん、こんなちっぽけな大陸で俺とお前が全力で戦えるわけがないだろう」 ルーファスは不機嫌な表情で吐き捨てるように呟く。 「……と、やば。たった二、三件とはいえ、家を消し飛ばしたのはまずかったかな……まあ、でも、あれ以上手加減はできないしね……」 爆発も爆音もない、消し去るだけの一瞬の閃光だったので、騒ぎにはまだなっていなかったが、明日の朝、家があるはずの場所が空き地になっていたら騒ぎにならないはずはなかった。 ちなみに、ルーファスの頭の中には、自分が消し去ってしまった家に居たかもしれない人間の存在、命のことなど欠片もない。 ルーファスの心配は、家が消えたことが騒ぎになり、それをやったのが自分だとタナトスに気づかれるかも知れないということだけだった。 「ちっ、いっそのこと住宅街まるごと消し……」 『消してどうする?』 「そうだよな、消しても仕方ないよな。要はどうすれば、俺がやったとバレ……て?」 ルーファスは一瞬硬直する。 今の声が誰の声かなど、ルーファスには確認するまでもなく解っていた。 聞き間違うこともありえない。 『あ』だろうが『い』だろうが、ただの一声で彼女の声だけは判別できるのだ。 「……やあ、タナトス、クロスはどうしたのかな?」 踵を返し、タナトスと向き合う。 「…………」 タナトスはいつも以上に無表情でルーファスを見つめていた。 「……クロスは寝かしつけてきた」 「……そっか。やっぱり、子供は寝るのも早いな、あはは〜っ」 ルーファスはどこかぎこちなく笑う。 「……なぜ、私の目をちゃんと見て話さない?」 「……いや、その、なんというか……」 「…………」 「……ごめんね、やっちゃった♪」 「やっちゃったじゃないっ!」 タナトスは右手でルーファスを思いっきり殴り飛ばした。 「お前は! お前はっ! どれだけ言えば私の言うことが解るんだ!? 容易く命を奪うなっ! 関係ない者は巻き込むなっ! 私の言っていることはそんなに理解できないことかっ!?」 「落ち着け、タナトス……価値観の差異だ。仕方ないだろう、俺には他人の命なんて塵にしか思えないんだから……」 「……やはり……駄目だな……」 タナトスは左手を天にかざし、魂殺鎌を召喚する。 「……やはり、お前とは共には歩めない……」 「まあ、価値観の違いてのは離婚の原因の第一位ってよく言うよね……」 「茶化すなっ! お前の価値観は……考え方はそもそも普通の人間のものとかけ離れすぎている!」 「仕方ないだろう、だって、俺は……」 「黙れっ!」 タナトスは一歩で間合いを詰めると、魂殺鎌をルーファスの左胸に向けて振り下ろした。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |